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結構色々イラストがたまってきたので。

手品先輩の雑誌版権レイアウトです、ぺたり
手品先輩の原作が好きです
失敗ばかりだけどそれでも前向きで一生懸命なキャラが男女問わず自分は大好きみたいです。


手品先輩_版権LOo15(最新t
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動画村

自分が一番最初に入った会社では丁度新人動画の席の置き方を今までの方針と大きく変えた所だった

どういうことかというと 自分が新人として会社に入る前は
新人動画の人達は一括りのスペースで全員席をまとめて並べていたのだ。
会社の狙いとしては新人同士の席を隣接することで切磋琢磨して欲しいとの願いがあったそうだ

しかし会社の思惑とは違い切磋琢磨どころか何ともまったりした雰囲気になりみんなでお昼ご飯を買いに行ったり、2か月も立たないうちに10時出勤のはずが皆12時過ぎ、もしくは夕方に来る者まで出始めたりと 傍から見ていてもどうも温い仕事場をいうのが伝わってくるそうな。
そしてある日事件が起きた、現場はにこやかでアットホームでも個々の仕事のきつさや動画単価の悪さ自体は変わらない
1人が色々これからの人生を「果たしてこのままで良いのか?自分はこの世界で生き残れるのか?」と不安になり始めたら
それはすぐに他の新人動画マンにも伝染していった。
離職率95%のこの業界では早くて最初の給料をもらった1か月目、長くて研修期間が終わる3か月ぐらいに誰かが
アニメーターを諦めるのはよくある事だが問題はここからだった
1人が辞めると「じゃあ私も・・」「僕も・・・」と一斉に辞めてしまったというのだ。
そしてそれは自分が色んな会社に席を置いた時にも目の当たりにすることになったが新人同士で席を固めた場合は
ほぼ高い確率でこのようなことが起きていた。


前置きが長くなったが上記の経緯を踏まえたうえで自分が新人動画マンとして会社に入ってからは新人同士で席を固める動画村を廃止し
ベテランの間に新人動画の席を置くようにした+若干すぐ近くにもう一人新人動画マンを置くという形を会社はとった(2人の新人動画の席を若干話してベテランの中に放り込み、プラス自分も含めその年の新人は4人いたのでこの席の置き方を二人1セットとして
もう1セットの二人も似たような感じで席は配置しつつも自分たちのセットとは遥かに距離を置いて配置された。おそらく新人同士はなるべく1対1にすることによって上記で新人が辞めていったような負の連鎖を最小限に抑える狙いもあったのではないかと思う)

自分はこれが正解だったと思う、新人同士の切磋琢磨と業界の厳しさを知るのは全く別問題で
そもそも会社に入りたての新人同士で切磋琢磨というと聞こえはいいが技術が未熟なので得るものは少ない。

その点ベテランに囲まれた席であればまず朝早く来た時にベテランが来る前の机を見る機会が増え仕事ぶりを徹底的にまず目で盗むことができる。
そしてベテランが会社に入ってからは年月を得たその圧倒的な技術をひしひしと感じることができ
そのベテランでさえ時には悩み迷い苦しみながら作品を作っているというのを四八方から丸一日吸収できるのだ。
このベテランの仕事への向き合い方や考え方は本当に勉強になった。

先に書いた朝10時に来るというのもベテランの机の仕事を垣間見たり覗いたりする為にものすごく大切なことだったりする
何十年も絵で食ってきたプロの仕事をこれだけ大量に見れる機会なんてまずそうそうはない

そしてベテランはとにかく新人が大好きなのである(笑
兎に角いろんなことを教えてくれるので成長もすこぶる早い上に、もしわからない事があっても周りにベテランがいるので
一つの質問に対して何人もの考え方が聞けるのが非常に大きかった
色んな人の考え方を教わってその中で何が良いかを考えたり、いろんな人の考えを複合して試行錯誤してみたりと勉強になった。

で、それらを踏まえた上で同期の新人の微妙に若干ずらして置いた席というのが切磋琢磨の心に火を付けるのだった。


言い換えるなら私は会社の策略に見事にハマったおかげで今があるわけです。

 

こんにちわ

たまーにFC2ブログで記事を書こうとしてもクリック出来ない事があって
今まで北海道Sさんへの返事などが滞っていましたが・・
今しがたやっと原因が分かりました!

どうやらYOUTUBEとかを見てると広告が流れますよね?自分はあれをいちいちクリックして消すのが嫌だったので
ブラウザーのアドオンで広告が流れない様にしていたのですがどうもそれが原因みたいで
FC2ブログを書き込むときだけCMブロックのアドオンを無効にすれば良かったみたいです('ω')

さてもう大分の前に通り過ぎた台風の話ですが
自分が住んでいる荻窪では大した被害もなく無事台風は通り過ぎていきました
荻窪に30年住んでいる人の話によると荻窪は土地的に結構高い位置にあるらしく今まで30年間荻窪で大きな自然災害はなかったそうです
逆に阿佐ヶ谷は地形的に低い面にあるらしく、荻窪に降った雨などは全部阿佐ヶ谷の方に行くとの事なので
もし阿佐ヶ谷に住むのならそういうのも考慮して住む場所を決めた方が良いだろうともいわれました。


今回の台風で近くのコンビニやスーパーの飲み物や食品が軒並み売り切れていたのはびっくりしたと同時に
それでも「自分は平気だろう」と危機管理のなさにちょっと反省しました。
これからは電池と水と食料は一週間分ぐらい常日頃から蓄えておこうかと思います。

それとさっき話した荻窪は30年間何もなく平和だったという話をしましたが
家族にその話すと「でも災害に会った人も皆最初は同じ事を言ってたんじゃない?」と言われて
そりゃそうだと改めて自分の考えの甘さに気が付きました・・・・。

北海道のSさんもそちらで何か困ったことがあったら言ってくださいネー。

それではー
 

北海道のSさんへ

コメント非表示忘れたとのことでしたので
別の所に保存させていただいてブログ内のコメント自体は削除させて頂きました
優しい言葉ありがとうございます勇気がですます(^-^)/

母を東京に呼ぼうか迷っているのですが高齢の母がいきなり東京にきて馴染めるものか・・もしくは長く生き慣れた地元の方が良いのかともかんがえたりしています
 

最近

自分は母が結構歳をとってから生まれた遅子で物心着いた時にはすでに母と二人っきりの母子家庭でした。
小さいころから大きくなった今でもいつも母に感じることは
この人は人生のすべてを僕の為だけに全部注いできてくれたという事です
いつもあなたが健康で無事なのが私の一番の幸せなのよと言います

この連休久しぶりに母が東京に遊びに来ました
体自体は健康で元気なことは元気なのですが
自分的には会う度に一回り縮んでしまっているように見えてしまうのと、どこか弱弱しくなっていくのを感じずにはいられません
母は「私は死ぬことは怖くないけども、あなた(僕)にもう会えなくなると思うのが一番悲しいわ」といつも言います

この連休もポツリと「私がもし亡くなってもその後の事はお葬式の事から全部紙に書いておくし荷物もそろそろ整理しているの、
あなたもいいねって言ってくれた私の水屋やお気に入りの檜のタンスは私が亡くなってもあなたに上げるから使ってね」
と、話すので自分は胸が締め付けられる思いでした

最近自分が仕事で大変お世話になった年配の方(アニメーターを始めるきっかになったシナジーSPの代表の方)や昔からよく見ていたアニメの声優さんや俳優さんなどの訃報などを聞くと
自分の年齢も含め時が大きく流れたのだなと実感します、それでもやはり見知った人の死や、ましてや母の死後なんてのはとても
想像できませんがなんだか最近は死をとても現実的に感じてしまい、今日母が帰った後も一人でそれを思い出して男泣きしてしまいました。

マザコンと言われるかもしれませんが僕はもうそれでも構わないと思うしマザコンだろうと母が一番大事なのは一生変わりません

高齢な母で元気ではありますが、最近死というものに敏感な自分は母がいなくなった時の世界で果たして何を生き甲斐にしていけばいいのか今は全く見当も想像もつきません


なんか書いててまた目頭が熱くなってきました、母があんなこと言うからだ

この世で母が亡くなったらつながりのある人というのはもう北海道のSさんしかいない気がします


P.s京アニの事件の事もありますし、本当に今年はいろいろと考えさせられました
何か特別なことをする事が幸せではなくて普通に生活できることそれ自体も実はどれだけ幸せな事なのかというのを改めて感じます。
 
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